なぜ人は那須高原のパンに惹かれるのか?至高の激戦区を現地取材
那須 の パン 屋 さんを語る朝は、どこまでも澄み切った冷気と小麦の焼ける匂いから始まる。御用邸のある静寂の森、あるいは黒磯駅前のどこか懐かしい通りを歩けば、開店の数十分も前から控えめな列が伸びている光景に出くわす。避暑地としての長い歴史を持つこの土地だが、いまや旅の目的そのものが「朝焼きのバゲット」や「果実を抱き込んだローフ」へと移り変わりつつあるのだ。
都市部の消費者が求める洗練と、北関東の大地が育むピュアな水や乳製品。その接点に位置する那須 の パン 屋 さんの引力は、単なる一過性のブームという言葉では片付けられない。週末ともなれば県外ナンバーの車が列をなし、トレイいっぱいに香ばしい焼き色を積み上げる人々の顔には、確かな高揚感が浮かんでいる。
売り切れ前に並ぶべき名店はどこか?那須のパン屋巡り完全攻略法
午前10時半。この時間帯を過ぎると、棚の景色は劇的に寂しくなる。観光シーズンともなればなおさらだ。人気の限定品を手に入れるための勝負は、宿の朝食を軽めにしてでも、朝8時台に始まる。
確実に目当てのパンを確保するなら、移動の導線設計がすべてを分ける。広大なエリアに点在する店を無計画に回っても、完売の札を見届けるだけのドライブになりかねない。駅周辺の市街地でハード系を買い求め、その足で山側へと高度を上げながらリゾート型の大型店へと向かう――この時間差攻撃こそが、舌の肥えたパン好きたちの定石だ。車内にはクーラーボックスが必須。湿気を吸わせず、かつバターを溶かさない温度管理が、午後の帰路までクラストのパリッとした食感を守り抜く鍵になる。
英国情緒と名盤の調べ――「ベーカリー ペニーレイン」が守り続ける熱狂
深い木立のトンネルを抜けると、突然イギリスの片田舎へと迷い込んだかのような錯覚に包まれる。那須のアイコン的存在として君臨する「ベーカリー ペニーレイン」だ。店内に一歩足を踏み入れれば、壁一面を飾るビートルズの記念品と、ザ・ビートルズ「アビイ・ロード」のジャケット写真を想起させるディスプレイが客を迎える。
ここで誰もがトレイへと運ぶのが、伝説的な「ブルーベリーブレッド」である。生地を割ると、渦巻き状に練り込まれた濃厚なジャムが惜しげもなくあふれ出す。1日に何百本と焼き上げられながら、焼き上がりを知らせるベルが鳴るたび、瞬く間にトレーから消え去っていく光景は圧巻だ。単なるノスタルジーではない。徹底した生地管理と職人の手技が合わさるからこそ、熱狂は色褪せない。
黒磯から発信する穀物の声「カネルブレッド」斉藤直樹氏の流儀
山間の喧騒から少し離れ、JR黒磯駅の西口へ向かうと、研ぎ澄まされた佇まいの「カネルブレッド」がある。ガラス越しに差し込む自然光の中、凛とした表情で並ぶハード系のパンたち。その背後で粉と対話し続けるのが、オーナーの斉藤直樹氏だ。
斉藤氏のパンづくりには、余計な飾り気がない。栃木県産をはじめとする国産小麦の特性を見極め、自家培養の発酵種と水、塩という極めてシンプルな素材を、時間をかけてじっくりと旨味へと昇華させる。クラムを口に含んだ瞬間に広がるのは、豊かな大地の甘みと仄かな酸味。リゾートの浮かれた空気を心地よく引き締め、日々の生活に寄り添うパンのあり方を、このブーランジェリーは静かに示している。
なぜ那須高原なのか?水と風土、そして移住組が紡いだブーランジェリーの系譜
那須高原がなぜこれほどの製パン業の聖地となったのか。その答えは、那須連山の伏流水と、冷涼で湿度変化の少ない気候にある。酵母の発酵をコントロールする上で、この土地特有の冷涼な空気は職人たちにとって理想的なアトリエとなった。
「東京や関西で腕を磨いた実力派が、この水と空気に惚れ込んで移り住んできた歴史があります」と、那須町観光協会の担当者は語る。かつての保養所文化が生んだ外食への高い審美眼と、移住組のパン職人たちの情熱が幸福な化学反応を起こした。いまやパンを焼く行為そのものが、那須の豊かな自然資本を表現する手段となっているのだ。
地元民が早朝から足を運ぶ、知る人ぞ知る静かな隠れ家ベーカリー
メインストリートの華やかさの裏側で、森の奥深くや集落の路地にひっそりと佇む店がある。看板すら見落としそうな小さな木造の引き戸を開けると、老夫婦や若き solitary な職人が、薪窯で焼いたカンパーニュを並べている。
こうした隠れ家ベーカリーの多くは、週に数日しか窯を開かない。だが、開店と同時にどこからともなく地元住民や別荘の定住者が現れ、その日食べる分だけのバゲットやスコーンを紙袋に入れて持ち帰っていく。観光客向けの派手な惣菜パンはない。だが、薪の香りをまとった素朴なクラストには、噛み締めるほどに染み出す力強い味わいがある。それは旅人が那須という土地の深部に触れる瞬間でもある。
食べログとGoogle マップを飛び越えろ:五感で味わうリゾート観光の現在地
現代の旅において、「食べログ」の星の数や「Google マップ」のクチコミ点数は便利な羅針盤だ。しかし、那須のパンを真に味わい尽くすには、スマートフォンの画面から顔を上げる勇気がいる。
高評価の店だけに寄り、点数の高いパンだけを機械的に買い集めるのはあまりにも味気ない。風の吹き抜ける音を聞き、店頭で職人が小麦粉の袋を運ぶ姿を眺め、焼き上がりの湯気とともに漂う香りに鼻をくすぐられる。五感のすべてを研ぎ澄まして出会う一切れのパンこそが、リゾート観光の醍醐味だ。車を停め、森のテラス席でまだ温かいクラストを割る。その音こそが、この旅で持ち帰るべき最大の記憶になるはずだ。 (出典: 那須 の パン 屋 さん(Yahoo!ニュース))