昭和の怪言葉「ちょめちょめ」の真実!山城新伍の秘話と現在地
ちょ め ちょ め――この響きを耳にして、思わずニヤリと口角を上げる世代もいれば、ネットミームの亜種かと首を傾げる若い世代もいる。文字通りの伏せ字「××」を音読しただけのフレーズが、なぜ半世紀近くにわたり日本人の記憶にこびりついて離れないのか。単なる言葉遊びでは片付けられない、メディアと表現のせめぎ合いがそこに凝縮されている。
かつて夜のお茶の間をざわつかせたちょ め ちょ めという怪奇な響きは、いまやレトロカルチャーの枠を飛び越え、デジタル空間で新たな命を吹き込まれている。その謎めいた引力の正体に迫るべく、当時の熱気と最新のメディア変遷をたどった。
伝説のクイズ番組から誕生:山城新伍が放ったアドリブの破壊力
時計の針を1970年代末に戻そう。日曜夜のプライムタイムに異彩を放っていたのが、フジテレビジョン系列で放送された『アイ・アイゲーム』だった。司会を務めたのは、映画俳優からバラエティ番組の主役へと鮮烈な転身を遂げた山城新伍である。
番組のフォーマットは、虫食いになった文章の空欄(××表記)を当てるというシンプルなもの。しかし、山城がその伏字を「バツバツ」ではなく、独特の艶っぽいニュアンスを込めて「チョメチョメ」と読んだ瞬間、スタジオの空気は一変した。予定調和を嫌う彼のアドリブが生み出したこのフレーズは、たちまち日本列島を飲み込む流行語へと昇華していった。
昭和のテレビ界を席巻した伝説の流行語「ちょめちょめ」の真の起源と発祥秘話
では、なぜ山城新伍は「×」を「ちょめ」と読んだのか。業界内には複数の証言が残されている。当時の構成作家による造語説、あるいは京都の太秦撮影所で使われていた役者仲間の符丁という説まで様々だ。
有力な証言によると、カンペに書かれた赤ペンのバツ印を見て、とっさに口をついて出たのが最初だったという。性的な連想を間接的に忍ばせつつ、決して決定的な下品さには落とし込まない。昭和の芸能界が持っていた「粋」と「いかがわしさ」の絶妙な境界線を見極める職人技が、あの一言に宿っていたのである。
放送コードと自主規制の壁を逆手に取った芸能界のウラ事情
テレビの歴史は、常に表現の自由と放送コード・自主規制とのタフな交渉の歴史でもある。直接的な言葉を使えば即座に怒号が飛ぶ時代に、伏字をあえてポップに声に出すという奇策は、規制の網の目をすり抜ける痛快なハックだった。
お茶の間に漂うわずかな背徳感。視聴者は「何を隠しているのか」を能動的に妄想し、テレビ画面の前で共犯関係を結んだ。これこそが、当時の日本のテレビ放送業界が誇っていた熱量であり、言葉ひとつで大衆の心理を揺さぶる演出力だったと言える。
フジテレビジョンとテレビ朝日が競い合った熱狂のバラエティ番組史
フジテレビジョンが仕掛けたこの奔放な空気は、他局にも強烈なプレッシャーを与えた。テレビ朝日をはじめとする競合各局も、深夜枠やプライム帯で独自の切り口を持つエンタテインメントを次々と投下。規制と遊び心のせめぎ合いは業界全体を巻き込む一大ムーブメントとなった。
台本通りに進む現代のフォーマットとは異なり、演者の生身のパーソナリティと瞬発力にすべてが委ねられていた時代。過激さとユーモアの綱渡りを演じきった当時のタレントたちの存在感は、現在の画面作りにも色濃く影響を残している。
YouTubeからNetflixへ:令和の動画プラットフォームで再燃する理由
時代は巡り、情報の舞台はテレビ受像機からスマートフォンへと完全に拡張された。現在、YouTubeの切り抜き動画やNetflixのオリジナルコメディ作品において、このクラシックなフレーズが意図的に再利用される場面が目立つ。
コンプライアンスが極限まで厳格化した現代だからこそ、「露骨に言わずに匂わせる」という高度なボキャブラリーが、デジタルネイティブのクリエイターたちに新鮮な武器として再評価されている。言葉のレトロフューチャー的な再解釈が、タイムライン上で静かに、しかし確実に広がっているのだ。
TVerのアーカイブ配信が変えた日本のテレビ放送業界の現在地
過去の名作アーカイブが手軽に視聴できるTVerなどのプラットフォーム普及も、この文脈の復活を後押ししている。リアルタイム世代ではない若者が、かつての熱気を追体験し、SNS上で二次創作的に拡散する光景はもはや珍しくない。
言葉は時代とともに風化するのではない。メディアの形がどれほど変わろうとも、人々の想像力を掻き立てるフックを持った表現は、いつでもデジタルの波に乗って蘇る。昭和のスタジオで放たれた一言は、形を変えながら今なお私たちのエンタメ空間を泳ぎ続けている。 (出典: ちょ め ちょ め(Yahoo!ニュース))